愛と勇気では解決しないから案パンチ

光回線が入り、原始時代だった回線速度がメガロポリスになった、非常に喜ばしい限りだ。

 まあ、それはどうでもいいことである。

更にどうでもいいこととして某長寿アニメの可食部分が頭部全体の40%を占めるかの方について考えたことが本日のタイトルである。

実際問題そういうことなのだろう、愛も勇気もそれを振りかざす者の庇護下に入らぬ者には大多数から許容される暴力によって粛清されるのである。

 善悪は人の数によって決まるものだ、それに異論はない自己の主張を正とする為には賛同者は不可欠である。

 しかしながら、

「誰かの数で決まる物に発言や意見をねじ伏せられても、信条や想い、哲学、美学を曲げる必要はない。」そう思う

愛や勇気はそのものを言葉にすることはできない、結局は個々の持つ想いの一部分だそれ以上であってはならないはずだ。

ましてや正義など人類が知性を得てからそれが何かであーでもないこーでもない揉めているコンテンツにこれが答えだと講釈をする輩は私を含めて碌な人間ではない。

個々が抱き、降りかかる理不尽に対して掲げる反撃旗である。

話が逸れたがまぁそんな話である。

本日の妄言

パストラミの意味は大人になってもわからずじまい

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